「グロース市場か、TOKYO PRO Marketか」
IPOの常識が塗り替わりつつある
「IPO(新規株式公開)」と聞くと、多くの経営者の皆様は東証グロース市場やスタンダード市場への上場を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし今、その常識が大きく変わりつつあります。
東京証券取引所が公表しているデータによれば、2026年1月〜10月の新規上場社数は、東証グロース市場が20社であるのに対し、プロ投資家向け市場であるTOKYO PRO Market(TPM)は40社。TOKYO PRO Marketの新規上場数が、グロース市場の2倍に達しています。2025年には年間の新規上場数でTOKYO PRO Marketがグロース市場を上回りましたが、2026年に入りその差はさらに拡大しているのです。
本稿では、なぜここまで差が開いたのか、その背景と、中堅・中小企業の経営者がこれからのIPO戦略をどう考えるべきかについてお伝えいたします。
データで見る:TOKYO PRO Marketとグロース市場の新規上場数
まずは両市場の違いを整理しておきましょう。グロース市場には株主数や流通株式比率、時価総額などの数値基準があり、上場審査は東証と主幹事証券会社が担います。一方、TOKYO PRO Marketには売上高・利益・時価総額といった数値基準がありません。上場審査は東証が認定したJ-Adviserが担い、投資家は特定投資家等のプロ投資家に限定されています。
推移を見ると、2022年に21社だったTOKYO PRO Marketの新規上場数は2024年に50社まで増加し、2025年には46社と、グロース市場(41社)を初めて上回りました。2026年も2月以降、毎月コンスタントに新規上場企業を生み出しており、もはや「一部の企業だけが選ぶ特殊な市場」ではなく、IPOの主要な選択肢の一つになったといえるでしょう。
背景①:グロース市場の「100億円時代」と審査ハードルの上昇
差が開いた最大の要因は、グロース市場の上場維持基準の見直しです。東証は市場の信頼性向上を目的に、従来の「上場10年経過後に時価総額40億円以上」という基準を、「上場5年経過後に時価総額100億円以上」へと厳格化することを2025年9月26日に決定しました。新基準は2030年3月1日以後最初に到来する事業年度の末日から適用され、これから上場する会社だけでなく、既に上場している会社も対象となります。
この方針を受け、主幹事証券会社は「上場後5年で時価総額100億円に届く成長ストーリーがあるか」をより厳しく見極めるようになっています。その結果、業績は堅調でも成長スピードが基準に届かない企業や、主幹事証券会社の引受けが得られない、いわゆる「主幹事難民」の企業が増え、一般市場への上場準備が長期化・停滞するケースが目立つようになりました。
さらに、2025年12月末日以降に新規上場申請を行う会社のうち、上場時の時価総額が100億円未満と見込まれる会社は、上場時に開示する「事業計画及び成長可能性に関する事項」において、新基準への適合を意識した成長戦略を示すことが求められるようになりました。実際、2025年のグロース市場への新規上場は41社と、2017年以来8年ぶりに50社を下回っています。
背景②:「まずはTOKYO PRO Market」というステップアップ戦略の定着
もう一つの背景が、経営者の意識の変化です。一般市場への直接上場にこだわるのではなく、まずは数値基準のないTOKYO PRO Marketに上場し、「上場企業」としての信用力と内部管理体制を整えたうえで、将来的にグロース市場やスタンダード市場へステップアップするという戦略が広がっています。
TOKYO PRO Marketでの上場期間は、一般市場を目指すための「助走期間」として機能します。適時開示や内部管理体制といった上場企業に求められる仕組みを実際に運用しながら、組織を段階的に磨き上げられる点が大きな特長です。
実際にステップアップ上場の事例も着実に積み上がっています。2025年9月末時点で、これまでに17社がTOKYO PRO Marketから一般市場へ上場しており、2025年は東証グロース市場へ1社、名証ネクストへ2社、福証Q-Boardへ1社の計4社がステップアップ上場を果たしました。東証グロース市場へステップアップしたAlbaLink社は、上場時の時価総額(初値ベース)が151億円に達しています。
経営者がTOKYO PRO Market上場で得られるもの
TOKYO PRO Marketに上場しているのは、決して特別な企業ばかりではありません。2025年の新規上場企業46社を見ると、従業員100名以下の企業が約6割、売上高の中央値は約23億円、上場時の社長の平均年齢は約50歳です。本社所在地も東京都以外が6割を超え、大阪府や福岡県をはじめ全国の企業が上場しています。地方の中堅・中小企業にとっても、十分に手の届く市場だといえるでしょう。
TOKYO PRO Market上場のメリットは、資金調達よりも「信用力」と「経営基盤の強化」にあります。具体的には、①金融機関や取引先からの信用力の向上、②「上場企業」ブランドによる採用力の強化、③ガバナンスと管理体制の整備による属人経営からの脱却、④将来のM&Aや事業承継における企業価値の向上、といった効果が期待できます。
一方で、プロ投資家に限定された市場であるため株式の流動性は低く、上場時の大規模な資金調達は想定しにくいという点には注意が必要です。また、J-Adviserとの契約費用や、上場維持に伴う開示・監査のコストも発生します。「何のために上場するのか」という目的を明確にしたうえで市場を選ぶことが重要です。
結論:IPOは「一発勝負」から「段階的に登る階段」へ
グロース市場のハードルが上がる中で、「一般市場に上場できるか、できないか」という二者択一で考える時代は終わりつつあります。自社の成長ステージに合わせて、まずTOKYO PRO Marketで上場企業としての土台をつくり、次のステージとしてグロース市場やスタンダード市場、あるいはM&Aや事業承継を選ぶ。IPOを「ゴール」ではなく、企業を持続的に成長させるための「階段」として捉え直すことが求められています。
自社にとって最適な上場市場や上場時期を見極めるためには、早い段階から資本政策と管理体制づくりに着手することが欠かせません。船井総研はJ-Adviserとして、契約から1年以内でのTOKYO PRO Market上場を支援した実績もございます。TOKYO PRO Marketへの上場や、その先の一般市場へのステップアップをご検討の経営者様は、ぜひお気軽にご相談ください。
