「良い会社が売りに出たら、そのときに検討しよう」
M&Aについて、そう考えている経営者は少なくありません。
しかし、実際のM&A案件は非常に流動的です。
条件の良い案件ほど、短期間で意思決定を求められます。
その限られた時間のなかで、
「この会社は本当に買うべきなのか」
「買収価格はいくらまでなら妥当なのか」
「借入をしても返済できるのか」
「買収後に、本当にシナジーが生まれるのか」
「最終的に会社へキャッシュが残るのか」
これらを一から検討するのは、簡単ではありません。
M&Aは、案件が出てから考えるのでは遅いのです。
具体的な案件がない段階で、
「どのような会社を、いくらまでなら買うのか」
を、数字で決めておく必要があります。
■ なぜ、M&A案件が出る前の準備が必要なのか?
今回ご紹介するA社では、既存事業だけで今後の業容を大きく拡大していくことに、限界を感じていました。
さらに、成長に必要な人材を採用したくても、思うように人が集まらない。
そこで、新たな成長手段として検討したのが、M&Aです。
特に買収対象として想定したのは、これまで業務を委託していた外注先でした。
外注先を買収できれば、社外へ支払っていたコストをグループ内に取り込みながら、人材や機能を一度に獲得できる可能性があります。
しかし、会社を買えば、必ず利益やキャッシュが増えるわけではありません。
買収後には、
・買収資金の返済
・人件費や設備費の増加
・管理コストの発生
・想定していたシナジーの未達成
といった問題が起こる可能性もあります。
買収前には魅力的に見えていた会社が、買収後に資金繰りを圧迫する。
そのような事態を防ぐためには、買収前に「買収後の数字」を描いておく必要があります。
◆ A社が実施した「M&Aシミュレーション」
A社では、具体的な売却案件が出る前に、買収後の財務シミュレーションを行いました。
まず、過去のM&A事例や同業他社の情報を参考に、買収候補となる会社のモデル決算書を作成。
そのうえで、以下の数字を組み込みました。
1. 想定される買収価格
2. 買収資金の借入額と返済期間
3. 買収後の連結損益
4. グループ全体のキャッシュフロー
5. 現在支払っている外注費の削減効果
6. 内製化によって増加する人件費や経費
7. 買収によって期待できる売上と利益
さらに、買収価格や借入条件、削減できる外注費などを変えながら、複数のパターンを検証しました。
重要なのは、単に「この会社を買えるか」を計算することではありません。
買収後に借入を返済しながら、事業を成長させ、会社にキャッシュを残せるか。
そこまで見通すことが、M&Aシミュレーションの目的です。
■ シミュレーションによって明確になったこと
A社がこの取り組みによって得た最大の成果は、自社独自の「買収判断基準」を持てるようになったことです。
例えば、
「この程度の利益を出している会社なら検討できる」
「買収価格がこの金額を超えると、返済後にキャッシュが残らない」
「一定額以上の外注費削減が見込めなければ、買収効果は薄い」
「この人数、この利益率、この価格帯の会社であれば、すぐに検討を始める」
といった条件が、数字で明確になりました。
案件が出てから慌てて判断するのではなく、案件が出た瞬間に、自社の基準と照らし合わせられる。
これが、事前にM&Aシミュレーションを行う大きなメリットです。
◆ M&Aは「会社を買うこと」が目的ではない
M&Aで重要なのは、良さそうな案件を見つけることではありません。
自社にとっての「良い案件とは何か」を、事前に定義しておくことです。
売上が増えるだけでは意味がありません。
買収後に利益が残り、借入を返済し、さらに次の成長投資に使えるキャッシュが残る。
そこまで設計できて、初めてM&Aは経営戦略になります。
M&Aとは、会社を買う技術ではありません。
未来のキャッシュフローを設計し、限られた時間で意思決定する経営技術なのです。
| 執筆者: 株式会社 船井総合研究所 石田 武裕 いしだ たけひろ |
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