生成AIの登場と急速な普及により、ビジネスにおける「情報収集」のあり方は劇的な変化を遂げました。かつては新規事業開発においても、何日もかけてネットや文献を漁り、レポートにまとめていたようなリサーチ業務も、今ではAIに適切なプロンプト(指示)を与えるだけで、数秒で要約された回答が得られる時代です。
しかし、情報収集がこれほど容易になったにもかかわらず、多くの企業の新規事業担当者やマーケティング責任者からは「画期的なアイデアが出ない」「競合他社と同じような施策ばかりになってしまう」という悩みが聞こえてきます。
AI時代において、真に勝てる新規ビジネスを生み出すための情報収集とはどのようなものでしょうか。本コラムでは、AI全盛期だからこそ陥りがちな罠と、競争優位性を生み出すための戦略的な情報の使い分けについて解説します。
1.AIで「さくっと調べられること」は、競合も調べている
市場調査の基本として、情報には大きく分けて「1次情報」と「2次情報」があります。
1次情報とは「自社で直接収集したオリジナルの情報」、2次情報とは「他者がすでに収集・加工し、世に出回っている情報」です。
生成AIが圧倒的な強みを発揮するのは、インターネット上に存在する膨大な「2次情報」の収集と要約です。官公庁の統計データ、市場規模の予測レポート、海外の最新トレンドなど、あらゆる2次情報を瞬時にかき集め、分かりやすく整理してくれます。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。考えてみれば当たり前ではありますが、「私たちがAIを使って数秒で調べられたことは、競合他社の担当者も全く同じようにAIを使って調べている」という事実です。
AIは優秀なアシスタントですが、入力される条件が似通っていれば、出力される答え(=導き出される市場の傾向や打ち手の仮説)も似たようなものになります。誰もが同じツールを使い、ネット上の同じ2次情報をベースに戦略を立てれば、行き着く先は「他社との同質化(コモディティ化)」です。そこに差別化の要因はありません。
ビジネスで勝ち残るための「独自のインサイト(顧客の隠れた本音や未解決の課題)」は、AIがアクセスできるネット空間には(少なくともそのままの形では)落ちていません。競合他社が持っていない、自社だけの「質の高い1次情報」を獲得することこそが、勝敗を分ける最大のカギとなるのです。
2.AIを使う領域と使わない領域を行き来する
では、AIを使った情報収集は無意味なのでしょうか。決してそうではありません。重要なのは、AIを使う領域とAIを使わない領域を明確に区別し、戦略的に使い分けることです。さらにそれらを行き来することで、複合的に価値ある情報を作っていくことが重要です。詳細は後述しますが、私たちも生成AIを活用しながらお客様とお話する中で、以下のような「進化」のイメージを持っています。
そしてその最終形態としての「行き来」について説明します。具体的には、まずAIを使って市場動向や競合情報、顧客の口コミなどの2次情報を幅広く収集します。ここでは、業界の全体像を把握し、参入機会や顧客課題についての仮説を立てることが目的です。
しかし、この段階で得られるのは、あくまで公開情報に基づく仮説です。例えば、「この機能にニーズがありそうだ」「価格が購入の障壁になっていそうだ」と推測できても、それが実際の顧客の意思決定をどの程度左右しているかまでは分かりません。
そこで次に、顧客や業界関係者へのインタビュー、アンケート、行動観察などを通じて、仮説を検証するための1次情報を収集します。公開情報には現れにくい顧客の本音や、既存の商品を使い続けている理由、購入を見送った背景などを明らかにしていきます。
さらに、収集したインタビュー記録やアンケート結果の整理、回答の分類、共通点や相違点の抽出には、再びAIを活用できます。AIによって大量の情報を効率的に処理しながら、どの発言を重要な示唆として捉えるか、事業にどう反映するかは、人が判断します。また、ここで出てきた重要な示唆や新たな視点・疑問、意味付けを基に、最初の公開情報を分析すると、また最初とは違った分析結果が返ってくるはずです。
つまり、AI時代の情報収集は、典型的には、
・AIで2次情報を集め、全体を把握する
・人が仮説を立て、1次情報を取得する
・AIで整理・分析する
・人が示唆や視点・疑問出し、意味付けを行う
・それを基に再度AIが・・・
このように、AIと人、2次情報と1次情報の間を何度も行き来することで、表面的な市場理解にとどまらず、競合にはない独自のインサイトへと深めていくことができるはずです。
AIを使うか、使わないかが重要なのではありません。AIが得意な「広く、速く、整理する力」と、人間が担うべき「問いを立て、直接聞き、背景を読み解く力」を組み合わせることが、AI時代における情報収集の基本となります。そのためにも、これらのループを回す起点となる、質の高い一次情報が重要になるのです。
3.質の高い1次情報はどのように生まれるのか?
調査の現場における真の「1次情報」とは、単にアンケートを取ることではありません。「事業の課題を解決するために、誰に、何を、どう聞くか(What / Who / How)を緻密に設計し、その収集過程を厳密に管理して得た知見」です。
ここには高度な専門性が求められます。対象者の選定条件を少し間違えたり、設問のワーディングが誘導的になったりするだけで、得られる回答は実態と大きく乖離してしまいます。AIによって2次情報の収集が効率化されたからこそ、この「1次情報の収集プロセスの設計と実行」が、事業開発における最大のボトルネックとなっているのです。
つまり、「ベースとなる業界知識の把握や仮説構築のスピードアップにはAI(2次情報)をフル活用し、その仮説を検証し独自の勝ち筋を見つけるためのヒアリングや調査設計(1次情報)には、人間のプロフェッショナルな視点を介在させる」というハイブリッドな使い分けが、これからの情報収集の最適解となります。
4.BtoCとBtoBで大きく異なる、情報収集のアプローチ
さらに踏み込むと、この「AIと人間の使い分け」は、対象となるビジネスがBtoC(消費者向け)かBtoB(法人向け)かによって、アプローチが根本的に異なります。
BtoC事業の場合:マクロはAIへ、ミクロ(深層心理)は人間へ
現代のBtoC市場では、SNSの投稿やECサイトのレビューなど、一般顧客の意見(UGC)がネット上に無数に蓄積されています。「全体的なトレンドは何か」「自社商品がどう評価されているか」といった、幅広く大量の意見を収集・分析する領域は、AIが最も得意とする領域です。
しかし、一人の顧客を徹底的に深堀りする「N=1分析」やデプスインタビューにおいては、AIはまだ力不足です。AIに「20代都内勤務の女性」といったペルソナを与えて擬似ヒアリングを行っても、返ってくるのは過去のデータに基づいた「もっともらしく、無難な回答」に過ぎません。
実際の人間は、「健康になりたい」と言いながら深夜にラーメンを食べるような非合理な行動をとります。ふとした沈黙や、言葉の裏に隠された無意識の欲求を探り当てるには、プロのインタビュアーによる高度な対話スキルが不可欠です。BtoCにおいては、「広く浅い傾向把握はAIに任せ、深く鋭いインサイト発掘はプロの1次情報収集に委ねる」ことが重要です。
BtoB事業の場合:AIの学習データ不在という決定的な死角
一方、BtoB事業の領域では、AIの活用にさらなる注意が必要です。BtoBにおける真の課題は、「AIが回答を生成するための元データ(学習データ)自体が、ネット上に存在しない」という点にあります。
一般の消費者がSNSで感想をつぶやくのとは異なり、BtoBの経営者や事業責任者が「決裁稟議の裏事情」や「取引先を変えたい本当の理由」、「導入を見送った生々しい社内政治」などをネット上に書き込むことはありません。これらは完全にクローズドな情報です。
そのため、BtoBのニッチな市場動向や現場のリアルな課題についてAIに尋ねても、もっともらしい嘘(ハルシネーション)が返ってくるリスクが極めて高くなります。
したがってBtoB事業においては、AIによる2次情報収集はあくまで基礎情報の整理に留め、「ターゲット企業のキーマンに直接アプローチし、信頼関係を築いた上で生の声を獲得する」という泥臭い1次情報の獲得が絶対条件となります。ここは、業界に精通したコンサルタントやリサーチャーのネットワーク、そして高度な関係構築力がダイレクトに問われる領域です。
5.独自の「1次情報」こそが、AI時代の最大の資産になる
ここまで見てきたように、AIファーストの時代が進めば進むほど、ネット上にある情報の価値はフラットになり、相対的に「現場のリアルな1次情報」の価値が高騰していきます。競合他社を出し抜き、勝てるビジネスを生み出す源泉は、自社だけが握る独自の情報に他なりません。
しかし、適切なターゲット設計、心理的バイアスを排除した設問作成、対象者の本音を引き出すインタビュー技術、そして集まった定性データを事業戦略へと昇華させる分析力を、自社内(インハウス)だけで高いレベルで完結させるのは非常に困難です。また、BtoBにおけるキーマンへのアプローチは、自社の名刺では警戒されて本音を聞き出せないケースも多々あります。
だからこそ、調査設計の段階から、AIを活用した効率的なマクロ分析、そして難易度の高い1次情報の獲得(デプスインタビューやキーマンヒアリング)に至るまで、その道のプロフェッショナルを戦略的に活用することが、事業成功への最も確実な近道となります。情報が溢れる時代だからこそ、「誰に情報を預け、誰と情報を創り出すか」が、企業の競争力を決定づけるのです。
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![]() | 執筆者: プロジェクトマネジメント部 マネージング・ディレクター 内田 洋平 うちだ ようへい |
立ち上げ前に市場規模や競合を見極める新規事業開発の評価手法とは
新規事業をスムーズかつ成功確度高く進めるための事業計画書づくり

