1.顧客からのESG要請状況
グローバルやプライム上場企業を中心とする顧客企業からのESG(環境・社会・ガバナンス)要請は、過去のCSR(企業の社会的責任)調達に見られた理念的な努力目標から、契約締結や取引継続を左右する定量的かつ監査可能な取引条件へ変化しています。背景には、気候変動リスク対応だけではなく、国際的なサステナビリティ開示基準(ISSB、日本のSSBJ基準等)の法制化や、サプライチェーン全体を包括する国際法規制の急激な進展が存在しております。
多くのプライム上場企業では、直接排出のSCOPE1と間接排出のSCOPE2開示、そして削減を中心に進められてきました。勿論、一定規模以上の時価総額上位企業やグローバル展開を進める企業では、SCOPE3の削減も取り組んできています。そして、その削減への取組はサプライヤー全体へと拡大されており、例えば米アップル社ではサプライチェーン全体での再生可能エネルギー100%利用を義務付けており、トヨタ自動車は主要サプライヤーに対して年率3%のCO2排出量削減を要請しています。他の国内企業でも、SBTの導入を要請やEcoⅤadisを推奨している企業も多くあります。
また、欧州における炭素国境調整措置(CBAM)、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)、企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)等の規制や法制化は、域外のサプライチェーンに対しても人権DDや環境DDを求めています。
これらは、サプライチェーンに属することで日本の中堅・中小企業にも波及しており、厳格なGHG排出量や人権に関するエビデンスが求められるようになっています。その評価手法においては、これまではアンケート方式も多かったのですが、各種規定、運用実績、第三者監査結果等客観的エビデンスの提出が求められるEcoⅤadis等の国際的プラットフォームへの回答が急速に標準化してきております。そのスコアカードによって、サプライヤーのサステナビリティ状況が可視化と序列化を可能にしております。
2.ESG対応遅滞が招く経営リスク
(1)ビジネスリスク:顧客からの段階的排除と新規顧客獲得機会の損失
顧客企業がサプライヤーへESG対応の要請をするということは、顧客も対応に困っているからです。顧客からの要請に対して、その背景を再認識することは不可欠です。顧客の先の顧客、その要請や義務を果たす為に、サプライヤーに依頼をしています。そのなかで、排出量の可視化や人権リスクの改善エビデンスを提示出来ないことは、対応可能な競合と比較されてしまいます。更にグローバル企業では、調達基準ににEcoVadisのメダル獲得(シルバーやブロンズ等)やSBT認定を組み込むケースが増加しており、要件を満たさない企業は、その機会を失うことにもなっていきます。永続性の根幹となるビジネスリスクが、その対応にも関わっていることを忘れてはなりません。
(2)コスト構造リスク:価格転嫁交渉力の喪失
エネルギー価格も高騰し、また脱炭素資材への切り替えコストが増加するなかで、経済産業省や公正取引委員会は労務費やエネルギーコストの適切な転嫁を強く促していま。しかし、自社のエネルギー消費実態やGHG排出状況を把握していなければ、その対応によるコスト増加分を顧客に対しても交渉は出来かねます。結果、自社で増加分のコストを負担するだけとなり、利益圧縮だけの状態となってしまいます。
(3)資本調達リスク:資本調達コスト上昇
日本銀行では、2021年9月から時限措置としての「気候変動対応を支援するための資金供給オペレーション」として、民間金融機関による脱炭素化や気候変動対応の投融資を資金面からバックアップする制度を設けており、2031年3月31日まで継続が決定しております。これは、気候変動対応に資するわが国の民間投融資を促進し、マクロ経済の安定に資することを目的としており、日銀当座預金取引相手方で、十分な信用力があり、気候変動対応の取り組みに関する一定の開示を行っている金融機関等を対象としております。これを契機に、大手金融機関や地域金融機関では、投融資先の気候変動対応と非財務情報の評価を融資審査プロセスに統合しています。そのスコアリングの結果次第では、金利優遇の対象外となる可能性もあり、また長期設備資金調達において融資期間の短縮や貸出金利の引き上げへのリスクを持つことも否めません。
(4)法務リスク:人権及びコンプライアンス
【サプライチェーンの法務リスク】「サプライチェーン人権デュー・ディリジェンス(DD)義務化」欧州の「企業持続可能性人権デュー・ディリジェンス指令(CSDDD)」やドイツの「サプライチェーン適正配慮法」など、自社だけでなくサプライヤーでの人権侵害を特定・対処・報告することが法律で義務付けられています。違反時には巨額の過料が科される可能性があります。「強制労働関連製品の輸入停止(物品押収)」米国における「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」やEUの強制労働規則等に基づき、人権侵害に関与している疑いがあるサプライチェーンの製品・原材料は、国境で留置・輸入差し止め措置を受けるリスクがあります。
【人権侵害当事者・被害者からの訴訟リスク】「民事不法行為責任・不当労働訴訟」強制労働、不当な労働環境、ハラスメント、外国人労働者の不当な取り扱い(技能実習生制度の悪用等)について、被害者や労働組合から損害賠償請求訴訟を起こされるリスクがあります。「国境を越えた親会社責任」海外子会社やサプライヤーで発生した人権侵害であっても、親会社・元請け企業の安全配慮義務違反や管理責任を問われ、本社のある裁判所で提訴されるケースが増加しています。
【開示規制違反】人権方針やリスク対応の実態がないにもかかわらず「適切に対応している」と虚偽・過大な記載を行った場合、金融商品取引法違反(虚偽記載責任)や株主からの代表訴訟リスクが発生します。
【取締役の善管注意義務違反】取締役が人権リスク管理体制(内部統制システム)の構築を怠り、人権問題によって企業価値を著しく毀損させた場合、株主から取締役個人に対して善管注意義務違反を理由とする損害賠償請求(株主代表訴訟)が提起されるリスクがあります。
【契約解除および国際紛争・OECDガイドライン違反】「取引先からの契約解除・ペナルティ」グローバル企業とのBtoB取引において、人権基準を満たしていないことが発覚した場合、取引基本契約の人権条項(COC:コード・オブ・コンダクト)違反に基づき、即座に取引解除や損害賠償を請求されるリスクがあります。「OECD連絡窓口(NCP)への申し立て」NGOや労働組合からOECD多国籍企業行動指針違反として申し立てを受け、政府の連絡窓口(NCP)を通じた調停手続きに引き出される法務リスクがあります。
3.ESG対応を機会に変える
(1)既存顧客への守りと新規顧客開拓の攻め
GHG排出量や人権対応等、顧客が求めることへ協力出来るということは、出来ない会社と比べても当然優位性は高まります。更にGHG削減に貢献できるならば、代替の効かないサプライヤーへの位置付けにもなっていきます。対応が出来ない会社が失う商権の獲得を狙うことも可能となります。また、EcoVadis等の国際認証を取得することで、国内大手のみならず外資系多国籍企業のグローバル調達網にもビジネス展開を進めることを可能とさせます。
(2)サステナブルファイナンス
全国の地方銀行や信用金庫は、SDGsや脱炭素の目標達成度合いに応じて貸出金利を通常金利比で0.1%〜1.0%引き下げるサステナビリティ・リンク・ローン(SLL)や環境格付融資を拡充しています。また、省エネルギー設備への更新や再エネ自家消費設備の導入に際して各種補助金を組み合わせることで、初期投資回収期間を大幅に短縮しながら製造ラインの効率化を図ることを可能とさせます。
(3)製品・サービスの高付加価値化
製造業ならば、製造工程のカーボンフットプリントを低減させた商品や、サーキュラーエコノミーに対応した再生資源利用モデルを提案することで、新たな商権の機会が生まれます。また、サービスにおいても、同等のサービスに比べた付加価値を提供することも可能となります。リスク面からも、サステナブル対応を望む顧客が今後も増えていくことを考えると、むしろ機会として活用していく必要があります。
(4)採用力の向上
サステナビリティ対応は既にコモディティ化しており、それは求職者も同様の視点で企業を見ています。大手企業が、その対応を前面に出しているのに対して、それが無い企業には「古い企業」「遅れている企業」と見られることもあります。特に新卒採用においては、その傾向が強くなることもあり、カーボンニュートラルだけでなく、人権尊重や働き甲斐のある職場づくりへの取組は、採用と定着の両面で寄与していきます。今後も続く、人手不足のなかではサステナビリティな企業姿勢は不可欠とも言えるでしょう。
4.中堅・中小企業が取り組むESG対応
既に世界の潮流としてサステナビリティの進化が止まらず、中堅中小企業にとっては国内や地域、そして自社近隣だけを見ているだけでは、各種リスクに晒される可能性が高まっています。資本市場の構造転換でもあり、むしろビジネス視点では、その波を活用することが大事になってくると思います。
先ず、受動的なコンプライアンス対応から能動的な差別化戦略への発想転換です。顧客からの要請がきてから対応、またその対応で手が追われて対応遅滞することは、ビジネスでのリスクでしかありません。早期にScope 1・2・3の算定を完了と削減をさせていくこと、またSBT認定の取得やEcoVadisへの登録を進める企業は、顧客企業のScope 3削減を支えるパートナーとしての位置付けを得ることも可能となっていきます。
次に、定量的エビデンスに基づく取引条件の最適化です。エネルギー価格や労務コストの高騰下において、自社の環境・財務データを可視化することは、適正な価格転嫁交渉を行うための必須条件にもなっていきます。改善実績とコスト構造をデータで示し、政府の価格転嫁指針を活用して交渉に臨むことも必要となっています。
そして、公的支援策と地域金融エコシステムを連動させた資本戦略の構築です。省エネ診断、設備更新補助金、地域金融機関のサステナビリティ・リンク・ローンを組み合わせることで、自己資金負担を最小化しながら設備と組織の刷新を図ることを可能とさせます。
近年を振り返ってみても、想定以上の拡がりを見せるサステナビリティ対応となっていることに気付かされます。しかしこれは、グローバル視点において、むしろ加速していくことが想像に難くありません。だからこそ、このリスク対応に追われることなく、機会へと活用頂ければと思います。
| 執筆者: 株式会社 船井総合研究所 貴船 隆宣 きふね たかのぶ |
サステナビリティ対応はリスクではなく機会!SSBJ基準による市場影響を勝ち抜くために
