国内産業構造が変化する中、製造業が持続的な成長を遂げている企業は「成長市場に関連している」・「M&Aを行っている」のいずれかに該当するという共通点があります。
業績が伸びている企業:成長市場に関連している
2025年現在も利益を安定的に増加させている企業は、これまで何かしらの成長市場の顧客との取引や成長分野への商品・サービスを提供しています。一方で、以前は着実に利益を出せる技術・設備・人員だったにも関わらず、利益が上げれなくなっている企業は、事業環境が成熟から衰退に向かっていることが理由の1つとして考えられます。このケースは非常に多く、自己資本比率が30%以上ある優良企業にも関わらず、年々利益が減少している企業は実に多く存在します。
業績が伸びている企業:M&Aを行っている
もう一つの成長戦略としてM&Aがあります。2025年は特にテレビニュースや新聞で「 日本製鉄によるUSスチールの買収 」、「 ニデックによる牧野フライスへのTOB 」、「 ミネベアミツミによる芝浦電子へのTOB 」が連日大きく取り上げられています。国内の中小製造業でも、M&Aが活発に行われており、中には複数社のM&Aを実施し、10年で100億の売上を実現している企業も存在しています。船井総研の製造業クライアントにおいては実に半数以上がM&Aを実施しており、成長意欲の高い経営者(コンサルタントを雇う経営者は向上意欲が高い傾向にある)は、M&Aを企業戦略の1つの選択肢として考えていることがわかります。
これら製造業のM&Aの内容を調査・分析し、船井総研の中で成功パターンが確立されつつあります 。本稿では、製造業におけるM&Aの代表的なケースを3つに整理し、成功に不可欠な2つの要素を具体的な企業事例と共に解説します 。
製造業M&Aにおける3つの代表的ケース
製造業のM&Aは、目的別に主に3つの類型に分けられます 。
1.同業吸収型
切削加工業が他の切削加工業を買収するなど、同業種間で実施されるM&Aです。量産や試作、微細加工といった得意分野を相互に補完し、シナジー効果を狙います6。成功の鍵は、譲受側が持つ製造体制や生産管理といった「 ビジネスプロセス 」の洗練度であり、M&A後の効率化を主導できるかが問われます。
2.工程付加型
切削加工業が研削加工業を買収するように、自社にない製造工程を補完するM&Aです。顧客への提供価値を高め、対応範囲を広げることで単価アップが見込めるため、効果を算出しやすいメリットがあります。サプライヤー集約を進める大手企業の動向にも合致した手法です。
3.取引先獲得型
譲渡企業が持つ優良な取引口座の獲得を目的とするケースです。新規開拓が困難な大手企業との取引をM&Aによって確保し、自社の技術や設備を活かして大きな受注増を狙います。案件数は多くありませんが、成立すれば1社の顧客から数億から数十億円規模のビジネスにつながる可能性がある、製造業ならではのスコープといえます。
M&A成功の鍵を握る2つの要素と成功事例
M&Aを成功に導き、持続的な企業価値向上を実現するためには、「 強力な営業力 」と「 洗練されたビジネスプロセス 」という2つの要素が不可欠です。
1. 強力な営業力(新規顧客開拓力)
M&Aによって生産能力が増強されても、それを活かす仕事がなければ意味がありません。同一業界の企業同士でも業績の差となるポイントは「 営業力 」です。ここでいう「 営業力 」とは、「 新規顧客開拓力 」・「 市場ニーズの収集からの新商品・新サービスを得る活動量 」の強度です。特に「新規顧客開拓力 」の例を上げると、金属加工業以上にファブレス型の商社業が加工品ビジネスで業績を上げていることからもその有効性は証明されています。「 営業力 」のある企業は、M&A候補企業が広範囲になり「 営業力 」のない企業はM&A先企業が限られます。つまり、M&Aを成長戦略とする企業ほど、強力な「 営業力 」を持つこと大切です。
株式会社キーエンスの事例
キーエンスは、買収したエレクトロニクス商社に、キーエンスと同様の強力な営業組織を構築しました 。有名なキーエンスグループ営業スタイルである:TELLマーケティング、ロールプレイングなどを導入し、グループインから約10年で売上を25倍以上に拡大させるという驚異的な成果を上げています。メーカーは豊富な営業活動量から市場ニーズを集め商品開発に活かせますが、商社は自社商品開発に活かし難しくなっています。それでも電話・訪問・面談、その内容を洗練した営業活動により顧客だけでなく仕入先からの信頼を獲得し、成熟業界のエレクトロニクス商社業界で、上記の業績向上を実現しました。
ニデック株式会社の事例
ニデックは創業以来70社以上の国内外企業をM&Aしてきました。昨今No.1の工作機械メーカーを目指して、三菱重工工作機械やOKK、滝澤鉄工所などをM&Aを実施。成熟産業である工作機械業界にあって、営業体制を抜本的にニデック方式に抜本的に改革。ある企業の例では、1日の訪問件数を1~2社から3~5社へと引き上げ、さらに販売店ではなく実際に機械を使用するエンドユーザーへの直接訪問を徹底しました。この営業活動の「 質 」と「 量 」の改革により、長年赤字だった事業をわずか1年で黒字転換させたことは、改めて営業力活動の重要性を示す象徴的な事例と言えるでしょう。
2. 洗練されたビジネスプロセス
多くの中小製造業は独自の業務フローが存在していることが多く、パッケージソフトでは自社の業務フローをカバーしきれず、期待したほど生産効率を上げることができないことがあります。また、より自社に合ったシステムにするためカスタマイズを行った結果、他のシステムのAPI連携が上手くいかず、DX化の遅れる問題もあります。これらの問題の根本原因は「 システムへの十分な投資の費用 」・「 情報システム担当者などの先任者の配置 」・「 システム導入・運用の経験 」のどれかになり、経営資源が十分でない中小製造業の業績向上のボトルネックとなっています。しかし、システムによる生産効率・DX化などのビジネスプロセスを改善できれば、中小製造業の業績・利益率向上の余地があるといえます。そしてM&Aを行い譲渡側企業のビジネスプロセスを改善することで、業績を伸ばしている企業が存在します。
株式会社技術承継機構・株式会社事業承継機構の事例
M&Aで急激な業績を伸ばしてる企業として株式会社技術承継機構・株式会社事業承継機構があげられます。M&A後のPMI(経営統合プロセス)で専門チームを派遣し、独自の製造・生産体制、販促、人事、管理システムなどを導入します。中小企業が単独では難しい営業や採用といった機能をグループ全体で補い、洗練されたビジネスプロセスを適用することで、譲渡企業の利益率を飛躍的に向上させています。グループ企業内でのビジネスプロセスの共有は成功事例や経験ノウハウを蓄積できるだけでなく、そこからさらに水平展開を行うことができます。
まとめ:再編時代を勝ち抜くために
経営者の高齢化や後継者不足などを背景に、製造業の業界再編は今後ますます加速するでしょう。このような時代において、「強力な営業力」と「洗練されたビジネスプロセス」は、企業が成長を続ける上で不可欠な両輪となります。M&Aは、単なる事業規模の拡大手段ではなく、これらの重要な経営資源を獲得・強化するための戦略的な選択肢として、その重要性を増していくに違いありません。
執筆者: 製造業商社支援部 マネージング・ディレクター 藤原 聖悟 ふじわら しょうご |