昨今、世界の金融機関において「コンタクトセンター」の役割が劇的に変化しています。
かつてはコストセンターとして「いかに効率よく電話をさばくか」に重点が置かれていましたが、現在は顧客獲得競争を勝ち抜くための戦略的拠点へと進化を遂げています。その変革の羅針盤として注目されているのが、コンタクトセンター運営の国際標準規格である「COPC CX規格」です。
本コラムではインドの最大手民間銀行の一つであるアクシス銀行と、愛媛県を拠点とする日本の地方銀行、伊予銀行の最新事例を軸に、COPC CX規格が金融機関にもたらす真の価値について解説します。
1. 銀行業界が直面する「アートからサイエンスへ」の転換
銀行業界は伝統的に、顧客との関係構築を「担当者のスキルやホスピタリティ」という、いわば「アート」の領域として捉えてきました。しかし、非対面チャネルが主流となるデジタル社会において、属人的な対応だけでは均一で高品質な体験を提供し続けることは困難です。
COPC社のアジア太平洋地域CEOイアン・エイチソン氏が指摘するように、COPC CX規格の導入は、顧客対応を「サイエンス(科学的マネジメント)」へと昇華させるプロセスに他なりません。これは「人の温かみ」を排除することではなく、むしろ「体系的な管理」という土台を築くことで、スタッフがより人間味のある、付加価値の高い業務に集中できる環境を整えることを意味しています。
2. アクシス銀行と伊予銀行:7,000kmを超えて共鳴する「標準化」の力
2024年から2025年にかけて金融業界を驚かせる二つの大きなニュースがありました。
一つはインドのアクシス銀行が総合銀行として世界で初めてCOPC CX規格の認証を取得したこと。もう一つは2025年3月に愛媛県の伊予銀行が日本の地方銀行として初めて同認証を取得したことです。
規模も地域も異なるこの2行が、ほぼ同時期にCOPC CX規格という厳しい世界標準に挑んだのは、決して偶然ではありません。両行とも「標準化」こそが、激化する顧客獲得競争における最大の差別化要因になると確信していたからです。
アクシス銀行の劇的なKPI改善
アクシス銀行の変革はCOPC CX規格の有効性を鮮やかに証明しました。取り組み開始当初は、規格の要件をほとんど満たしていなかった状態から、わずか1年で組織構造、テクノロジー、パフォーマンス管理のすべてを刷新しました。
その結果、顧客ロイヤルティの指標であるNPS(ネット・プロモーター・スコア)は+59から+70へと飛躍し、サービスレベルも70%から90%超へと劇的に向上しました。COPC CX規格に基づいたマネジメントが、単なる形式ではなく実利を伴う経営改善であることを示したのです。
伊予銀行の戦略的統合とリーダーシップ
一方、日本の伊予銀行は中期経営計画に「デジタルと人間的要素の高度な統合」を掲げ、その実現手段としてCOPC CX規格を採用しました。
特筆すべきは、分散していた非対面チャネルを「ダイレクトコンサルティング部」という一つの組織に集約した点です。 三好賢治頭取による直接的な統括と、戦略的な組織再編。この経営層の強力なコミットメントこそが、COPC CX規格の導入を成功させるための「絶対条件」であることを、伊予銀行の事例は教えてくれています。
3. 「測定」が組織のバイアスを破壊する
COPC CX規格を導入した組織が最初に直面する壁、それは「徹底的な可視化」です。本規格は、サービス提供のスピード、クオリティ、効率、そして顧客満足度の4視点から、あらゆる指標の測定を義務付けています。
多くの金融機関では「自分たちのサービスは質が高い」という主観的な認識を持っていますが、COPC CX規格による客観的な測定を行うと、理想と現実のギャップが露呈します。アクシス銀行では、VSF(分散有意係数)という統計的手法を用い、平均から大きく外れる対応を特定しました。これにより、一律の教育ではなく、個々の課題に合わせた「ピンポイントの指導」が可能になったのです。
日本国内においてCOPC CX規格の認証活動を支援している株式会社船井総合研究所プロシード事業部は、この世界標準の厳格さを維持しながら、日本の商習慣やビジネス環境に適応させる役割を担っています。客観的なデータに基づいた改善サイクルを回すことこそが、COPC CX規格が提供する「改善の仕組み」の本質なのです。
4. 標準化の先にある「究極の個別化(カスタマイズ)」
一見すると、「標準化」と「顧客一人ひとりに寄り添う個別化」は相反するものに思えるかもしれません。しかし、現実はその逆です。
COPC CX規格を導入し、業務プロセスと測定システムが「仕組み化」されることで、スタッフは煩雑な管理業務や場当たり的なトラブル対応から解放されます。その余裕が目の前の顧客のニーズを深く汲み取り、的確なアドバイスを行うための「時間」と「精神的余白」を生み出すのです。
伊予銀行が2025年5月の新本社移転に合わせて、3つのセンターを統合し、世界標準の顧客対応を維持しようとしているのは、まさにこの「標準化された土台の上で、より高度な価値提案を行う」ためです。COPC CX規格は、デジタルと人間の役割を最適化し、共生させるためのプラットフォームとして機能します。
5. 変革へのロードマップ:経営層に求められる覚悟
これからCOPC CX規格の導入を検討する銀行にとって、その道のりは決して平坦ではありません。
- ベースラインアセスメント(現状診断):まず現実を知ることから始まりますが、多くの場合、スコアは予想を下回ります。
- ギャップ分析と改善計画:リーダーシップ、プロセス、テクノロジー、人材育成の各領域で不足している要素を埋めていきます。
- 継続的な改善と監査:一時的な取得ではなく、日常のオペレーションとして定着させることが求められます。
このプロセスには相応のコストと労力が伴いますが、顧客獲得コストが高騰し続ける現代の金融マーケットにおいて既存顧客のロイヤルティを高め、効率的に運営できるマネジメントシステムを手に入れるメリットは、それを遥かに上回ります。
結びに:標準化こそが未来の差別化
「COPC CX規格はフレームワークであり、台本ではない」これは先行して導入した銀行からの重要なメッセージです。
すべての銀行が同じ対応をするためのものではなく、自行の強みを最大限に引き出すための「OS」をインストールする作業なのです。コンタクトセンターのパフォーマンス測定を疎かにすることは、顧客の声から目を背けることに等しいと言えます。それは短期的な機会損失だけでなく、ブランドの衰退という大きな代償を招くリスクを孕んでいます。
アクシス銀行や伊予銀行が示したように、COPC CX規格を武器に「サイエンス」としてのCXマネジメントを確立した銀行こそが、これからの不確実な時代において、顧客から選ばれ続ける存在となるでしょう。今、コンタクトセンターは銀行の「顔」であり、最高の「戦略的資産」なのです。

