受託加工業が売上100億円という野心的な目標を達成し、持続的な成長と高い収益性を確保するための最も強力な道筋、それは「メーカー化」戦略にあります。従来の受託ビジネスモデルが持つ構造的な制約から脱却し、価格決定権と高収益性を獲得することが、この成長戦略の核心です。
❒ 従来の受託加工業が直面する「構造的な壁」
受託加工業は、そのビジネスモデルの特性上、常に以下の構造的な制約に直面しています。
・ 資本集約的ながら低収益性
高額な設備投資が必要な資本集約型(設備産業)であるにもかかわらず、顧客の図面に基づき「加工賃」という形で対価を得るため、価格競争に晒されやすく、コストダウンの圧力を常に受けます。特に近年の工作機械(板金機械)の投資金額に対して、それに見合う高い収益を確保しにくい構造があります。
・ スペース生産性の低さ
売上を伸ばすためには生産スペースを広げるか、新たな設備投資を行うしかなく、スペース生産性を向上させることが難しいという課題があります。従来の延長線上で売上を追求しても莫大な投資費用が発生し、この「100億円の壁」を越えることは極めて困難です。
❒ メーカー化の二大メリット:収益性と得意分野への集中
自社製品を持つメーカーへ進化することで上記の構造的な制限から脱却し、事業の質と規模を同時に高めることが可能になります。
1. 価格決定権の獲得と高収益性の追求
メーカー化の最大のメリットは、自社が価格決定権を持つ構造へシフトできる点です。
・ 受託業が「加工賃」ビジネスであるのに対し、メーカーは自社独自の価値を持つ製品・サービスを提供するため、高付加価値化と高い収益性の確保が可能になります。
・ 特に推奨されるのが、大手企業がカバーしきれない隙間を狙う「特注メーカー化」です。
特定の環境性能(例:防塵・防水・熱対策)や、特殊な形状・性能(例:特注歯車、特注屋外盤)に特化したニッチなB2B製品を展開することで、大手企業が参入しづらい領域で独自の地位を確立できます。
香川県の受託加工業の事例では、太陽光という時流に乗り、自社商品(高圧受変電設備一体型のシステム)を開発し、わずか5年で売上を20億円から150億円超へと飛躍的に拡大させました。これは、自社技術を活かした市場ニーズの高い商品開発がいかに成長を加速させるかを証明しています。
2. 得意な仕事に集中できる環境の整備
メーカー化は、自社が最も得意とする仕事だけを受注できる環境を整えるという側面でも重要です。
・ 受託型の新規開拓では、短期的売上確保のために、自社の得意分野ではない、あるいは現場に過度な負担がかかる低収益な仕事を請け負ってしまうリスクが常に伴います。
・ 自社商品(B2B法人向け製品)を開発・販売することで、その商品に付随する、自社の技術や設備力が最大限に活かせる案件だけを意図的に集めることが可能になります。これは、生産性の向上と収益性の改善に直結します。
❒ メーカー化を成功させるための「再現性の高い」3段階戦略
BtoBの生産財受託加工業のメーカー化の成功は、B2C製品(消費者向け商品)に手を出すことではなく、B2B企業が法人向け製品を開発することに徹することが重要です。最も再現性が高く、成功確率が高いとされるのは、以下の3段階を踏む戦略です。
第1段階:上流・下流工程への進出
受託加工というコア技術に加え、顧客のニーズに応えるための組織能力の拡張を目指します。
・ デザイン・設計(ODM)の能力を保有し、顧客の要望に対して具体的な製品提案ができる体制を構築します。
・ 組み立て・検査・評価(OEM)の能力を保有し、単なる部品製造だけでなく、完成品に近い形での納入を可能にします。
第2段階:「機械寸法以外の性質」の追求
単なる形状や寸法精度といった加工技術だけでなく、製品の機能的価値を高めるための体制を整えます。
・ 顧客が本来行うべき品質・性能試験(例:防塵防水性、金属の強度、摩擦係数など)を自社で実施できる体制を構築します。
・ これにより、顧客に対する提案の幅と信頼性が格段に向上し、単なる部品加工業者から「機能」を保証するパートナーへと進化します。
第3段階:装置・機器メーカーへの進化
最終的に、ハードウェアにソフトウェアやサービスを付加した装置・機器のメーカー化を目指します。
・ 製品の販売だけでなく、メンテナンス、消耗品供給、データ解析サービスなどを提供することで、継続的な収益源となるストック 収益を確立します。
・ この進化により、単発の売上ではなく、安定した経営基盤を築くことが可能になります。
❒ 成功確率を高めるための要諦:組織能力とニーズの徹底収集
メーカー化は、新商品の採算が取れる確率が一般的に10%以下というリスクを伴うことも事実です。しかし、その成功確率は闇雲な開発ではなく、組織能力と顧客ニーズを起点とした事業展開によって飛躍的に高まります。
【顧客基盤(組織能力)の活用】
長年の受託経験で培った顧客との関係性や、市場に関する深い知見を最大限に活用し、「誰の」「どのような課題」を解決する製品かを明確にします。
【市場ニーズの収集】
顧客のニーズを徹底的に収集する仕組み(例:ニーズカード運用、営業と技術の連携による課題ヒアリング)を構築し、市場の「今」求めているものに合致した製品を開発します。
メーカー化は受託加工業が構造的な制約から脱却し、持続的で高成長な100億円企業へと飛躍するための、最も本質的かつ有効な成長戦略であると言えます。自社のコア技術と既存の顧客基盤を武器に、「加工賃」から「付加価値」へとビジネスの軸をシフトすることが、未来を切り拓く鍵となります。
船井総研ではメーカー化の戦略を進めるにあたり、貴社の持つ特定のコア技術を活かした具体的な特注メーカー化のターゲット市場についての調査、具体的なロードマップ策定、実行支援のお手伝いを実施しております。
| 執筆者: 製造業商社支援部 マネージング・ディレクター 藤原 聖悟 ふじわら しょうご |
