はじめに:先の見えない時代における「羅針盤」
日本経済を牽引する上位1%の企業群への仲間入りを目指す表明、それが「100億宣言」です。これは中小企業が「売上高100億円」という野心的な目標を掲げ、飛躍的な成長を遂げるための宣言であり、日本および地域経済を支える中小企業の加速度的な成長機運を醸成することを目的としています。
100億企業への成長を実現するには、強固な組織能力の構築、健全な財務体質の確立、そして企業価値の大幅な向上が不可欠です。その根幹となるのが、経営の「羅針盤」である「理念・パーパス」の確立です。
本コラムでは、企業がパーパス経営を実践し、真の成長を遂げるための具体的な方法論を解説します。
パーパス経営の核「PMVV」の本質
近年注目を集める「パーパス」という言葉。しかし、「ミッション」「ビジョン」「バリュー」との違いを明確に理解している経営者は多くありません。これらはPMVV(パーパス、ミッション、ビジョン、バリュー)として体系的に捉える必要があります。
パーパス(Purpose):経営者の「素の価値観」が描く方向性
パーパスは、経営者が最も大切にしたい価値観や、会社が進むべき方向性を示すものです。重要なのは、「かっこいい言葉」や「経営者としてこうあるべき」という「鎧」ではなく、経営者自身の幼少期からの経験を振り返った「天然の価値観」の言語化です。
パーパスには定量的な数字を極力入れません。数字の達成は「目標」であり、パーパスは終わりなき旅の方向性を示す「目的」だからです。100億企業化は、このパーパス実現のための一つの通過点に過ぎません。
ミッション(Mission):パーパスを具体的な「行動表現」へ
パーパスで示された価値観や方向性を、日々の業務でどのように体現していくのか。それを具体的な行動やアクションワードに置き換えたものがミッションです。
ビジョン(Vision):10年後に「実現したい状態」の明確な絵
ミッションをやり遂げた先に、10年後にどのような状態を実現したいのかを描くのがビジョンです。ビジョンは「パーパスやミッションの翻訳」とも言われ、目指す方向をより深く理解するために不可欠です。
バリュー(Value):ビジョン実現のための「行動規範・判断軸」
ビジョンを実現するために、社員が日々の業務で何を意識し、どのような行動をとるべきか。その行動規範や判断軸となるのがバリューです。
PMVVは上から下へ、そして下から上へと循環する関係性を持っています。
企業成長におけるPMVVの戦略的重要性
組織拡大の課題を解決する羅針盤
創業期には社長の存在がパーパスとなり、組織はまとまります。しかし、社員が30~50名を超えると、社長が全てを見ることが不可能になり、社員のまとまりが失われ、統率が取れなくなります。
ここでPMVVが不可欠な「羅針盤」として機能します。PMVVは社員の主体性や自立性を引き出す「理屈を飛び越えた判断軸」となり、「ルールだからやる」ではなく「このためにやるのだ」という内発的な動機付けを促します。
戦略的意思決定の拠り所となるPMVV
PMVVは経営の「羅針盤」として様々な場面で明確な判断基準を提供します。
従来の意思決定は、その場の状況や感情、短期的な利益に左右されがちです。しかし、PMVVが確立された企業では、「この判断はパーパスに合致するか」「ビジョン実現に近づくか」という不変の基準で判断できます。
これは、船が荒波の中でも北極星を頼りに正しい方向に進むのと同じです。市場環境が変化し、競合が現れ、困難な局面に直面しても、PMVVという「一番星」があることで、迷いなく進むべき道を選択できるのです。
例えば、
・新規事業検討時:「自社のパーパスに合致するか」が明確な判断軸となる
・投資判断時:短期的な収益性だけでなく、理念との整合性を重視した選択が可能
・人材採用時:企業文化に適合する人材の見極めが容易になる
・事業撤退判断時:感情的な判断ではなく、理念に基づいた冷静な決断ができる
PMVVがない企業は、その都度異なる基準で判断するため、戦略に一貫性がなく、組織も混乱しがちです。一方、PMVVが浸透した企業は、全社員が同じ方向を向いて意思決定できるため、組織力が格段に向上します。
パーパス作成の実践手法
経営者の「鎧」を脱ぎ捨てる
多くの経営者が「難しそう」「かっこいい言葉にしないといけない」という「鎧」を身につけ、本質を見失いがちです。重要なのは、経営者が自らの「鎧」を脱ぎ捨て、心の内を深く観察することです。
事例:「お酒を飲みたい」から生まれたパーパス
ある経営者の事例をご紹介します。当初のホームページに記載された立派な経営理念がしっくりこないという相談がありました。そこで、仕事に関係なく「したいこと」を100個書き出すという取組を行いました。
最初に出てきた「お酒を飲みたい」という言葉を何度も深掘りしていくと、飲み会が好き、それはなぜか、「自分らしさを出して、関わる人たちとずっと幸せでいたい」という素の思いが導き出されました。これが「関わる全ての人たちと最後まで幸せでいたい」という素晴らしいパーパスになりました。
パーパスは「考える」のではなく、自らの内側から自然に出てくるものを「整理していく」作業なのです。そのため、なかなか一人で考えようとすると難しく、壁打ちをしながら思考を整理していくことが重要です。
PMVVの組織浸透戦略
浸透に必要な時間と覚悟
PMVVの策定だけでは真価は発揮されません。組織全体に深く浸透し、社員一人ひとりが行動指針として実践することで初めて価値が生まれます。
この浸透プロセスは決して平坦ではなく、企業文化として完全に根付くまでには少なくとも3年はかかります。短期的な成果に一喜一憂せず、粘り強く施策を実行し続けることが重要です。
浸透成功の2つの重要ポイント
1. PMVVを「絶対的なボス」とする意識共有
社長を含めた全社員が「PMVVこそが組織における絶対的なボスである」という意識を共有することです。社長自らが「私たちは社長の顔色をうかがうのではなく、共有する理念(PMVV)の実現のためにここに集っている」と宣言し、その姿勢を日々の言動で示し続けることで醸成されます。
社長の在籍時と不在時で会議の議論の質や雰囲気が変わるようでは、依然として社長個人が判断軸になっている証拠です。
2. 幹部を「語り部」として育成
経営陣、特に幹部が理念を理解する「受け手」ではなく、それを組織に広める「語り部」としての役割を果たすことです。幹部自身がPMVVを完全に「腹落ち」させ、日常業務の中で自在に「使いこなす」レベルに達する必要があります。
具体的には:
・幹部が口癖のようにPMVVの言葉を使用
・現在の事業戦略や社内制度と理念の結びつきを自分の言葉で説明
・あるべき姿と現状のギャップを明確に認識し、具体的行動で示す
PMVVがもたらす好循環効果
業績向上への内発的動機
PMVVが明確になることで、社員は自社の事業を通じて地域やお客様、仲間のために何ができるかを深く理解し、打算なく仕事に打ち込む純粋な情熱が湧き上がります。
この内発的な動機付けは、「やり切り力」や「粘り強さ」といった強靭なマインドを育み、売上100億円企業という高い目標を目指す上で不可欠な原動力となります。
組織の一体感と「企業らしさ」の確立
PMVVは組織全体に「企業らしさ」という一本の「背骨」を通します。これにより、「このような成功は私たちらしくない」「私たちならではの方法で成長していこう」といった共通の価値基準が生まれ、全ての取り組みに一貫性がもたらされます。
採用力の向上
明確な羅針盤と強い一体感は、社外に対しても大きな魅力となります。特に新卒採用において、PMVVの確立は他社との強力な差別化要因となり、学生や求職者を引きつける「吸引力」を飛躍的に向上させます。
100億企業化を実現するPMVV活用法
PMVVは「マップではなく羅針盤」です。どこへ向かえば良いのかという方向性を示し、社員が自律的に物事を考え、行動する組織へと変革していきます。
100億企業を目指す経営者にとって、目の前の売上を追いかけること以上に重要な仕事は、未来への「パーパス作り」です。
まとめ:企業の羅針盤を築く
重要なポイント:
・経営理念は「羅針盤」として進むべき方向を示し、社員の自律性を育む
・パーパスは経営者の「天然の価値観」から生まれる
・自分の「鎧」を脱ぎ、内面を洞察することで本当に大切にしたいことを発見
・浸透の鍵は「PMVVをボスとすること」と「幹部が語り部となること」
100億宣言という大きな目標を達成し、社員と顧客、地域社会に貢献する企業となるために、ぜひ貴社でもこの「企業の羅針盤」たる経営理念の言語化と浸透に挑戦してください。
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執筆者: アカウントパートナー推進部 マネージング・ディレクター 鈴木 圭介 すずき けいすけ |
100億企業化に向けた成長の踊り場を最短にする5つの施策とは?