日本国内の製造業において、M&A(企業の合併・買収)による業界再編が活発化しています。2023年の製造業を対象としたM&A件数は240件に達し、過去10年間で最多を記録しました。
経営者が着目すべき点として、M&Aの理由に変化が見られることが挙げられます。従来は、中小製造業の後継者不足や、グローバル展開する中堅・大手企業による国際競争や技術革新への対応を目的としたM&Aが主流でした。しかし昨今では、中小中堅製造業が営業利益を向上させるための取り組みとして、M&Aを選択するようになっています。
❒ 従来の中小製造業におけるM&A
従来の中小製造業・商社のM&Aは、「事業承継」と「成長戦略」の2つが主な目的でした。経営者の高齢化や後継者不足、大手通販サイトの影響による物販や機構部品の薄利多売化などを背景とした統合・合併を含む「事業承継」。そして、買収側が自社の技術・サービスとの相乗効果を期待する「成長戦略」です。
中小製造業や商社における「成長戦略」型のM&Aは、主に以下の3つのパターンが見られます。
■ 受託加工業同士の場合
切削加工業が仕上げの研磨・研削工程を持つ加工業をM&Aする、あるいは板金加工業が電気配線を得意とする組立企業をM&Aするなどのケースです。これらの自社加工工程を拡大するM&Aは、同一顧客に対する単価アップや受注可能な加工範囲の拡大を狙いとしています。
■ 商社が受託加工業をM&Aする場合
機械工具商社が試作など小ロット対応可能な切削加工業をM&Aする、あるいは鋼材商社が材料の特殊二次加工(BTAやガンドリル加工など)を行える金属加工業をM&Aするなどの例が挙げられます。特定エリアに多くの取引顧客を持つ商社が、物販だけでなく加工品も提供することで、1社当たりの取引額向上を目指します。
■ 商社同士のM&A
自社の商圏拡大のために他地域の商社をM&Aする、特定の仕入れメーカーとの取引強化を目的としたM&A、あるいは特定顧客との取引口座獲得を目的としたM&Aなどの事例があります。商社の特性として、1メーカー当たりの取引量が増えることで、有利な仕入れ価格や販売報奨金などを獲得しやすくなります。また、近年では大手通販サイトの台頭により、二次・三次販売店はナショナルブランド製品で利益を確保しにくくなっており、小規模な商社の経営が困難になっていることもM&Aが進む要因の一つです。
近年は物販・加工品ともに小規模企業が利益を上げにくい状況
❒新たに登場した中小製造業のM&A
前述のM&Aは、「自社にない技術や設備、取扱商品やサービス、商圏や取引口座」を補完することを目的としていました。このパターンのM&Aは現在も主流ですが、期待したほどの相乗効果や成長に繋がらないケースも存在するのが実情です。
そうした中、従来にはあまり見られなかったM&Aの手法で業績を向上させている企業が現れています。その一社が、2025年2月5日に新規上場した株式会社技術承継機構( https://ngt-g.com/)です。
■ 驚異的な成長
技術承継機構の事業内容は「製造業を営む企業の連続的な買収および買収企業の経営支援(買収後の売却は想定せず)」です。2018年7月に設立され、2024年12月30日時点で10社の製造業をM&Aし、グループ連結売上高110億円、調整後EBITDA21.6億円、従業員数556名と、国内市場で他を圧倒する成長を遂げています。
■ 特徴的なM&A後のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)
M&Aの対象となった製造業は、自動車部品加工、機械加工、板金加工、自動機・省人化装置メーカーなど多岐にわたり、従業員規模は約15名から約60名(1社のみ200名超の企業あり)がほとんどです。グループ加入後、買収先企業に対して「NGP: NGTG Growth Program」と名付けられた独自のバリューアッププログラムを導入する点が特徴です。これは、米国Danaher社のDanaher Business System(DBS)をモデルに開発した独自マニュアルと、買収先の成功例・失敗例を基に週次で更新されるノウハウから構成されています。
技術承継機構グループの専門部隊によるNGPは、これまで中小製造業が単独経営では洗練しきれなかった「営業」「製造」「人事・組織」「経営管理」「IT」といった経営要素において、再現性のある確実な成長支援を実現しています。
■ 新しいM&Aのあり方
技術承継機構は、投資ファンドとは異なり、買収後の売却を想定していないことを明言しています。このような企業を連続して買収するビジネスモデルは、ジャパンエレベーターサービスホールディングス株式会社や株式会社ヨシムラ・フード・ホールディングスなどにも見られます。
この経営戦略の特徴は、確立された強固なビジネスプロセスを水平展開しつつ、常に改善・進化させていく点にあります。例えば、中小製造業が不得手としがちなDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進や採用力の強化を実現できます。グループに加わった企業は、各社の従来の自主独立性を活かしながら、洗練されたベストプラクティスを導入することが可能になるのです。
2025年に入り、アメリカ発の関税問題や国内大手製造業における大規模なリストラの発生など、日本国内の市場環境はリーマンショック以降で最も厳しい状況となっています。このような環境下では、中小製造業はこれまで以上に利益確保が難しくなり、さらに人手不足の中で採用もままならない企業が今後ますます増加するでしょう。そうした中で、M&Aが成長戦略の主要な選択肢として一層一般的になることは間違いありません。