【インタビュイー】社会保険労務士法人とうかい 社労士 小栗氏
はじめに
本日は社会保険労務士法人とうかいの小栗様に、2022年10月から適用範囲が拡大される社会保険について、経営者からよくいただく質問や対応すべきことについて教えていただきたいと思います。
社会保険労務士法人とうかいについて
社会保険労務士法人とうかいは、愛知県の名古屋と岐阜県の多治見市に事務所を構える社会保険労務士事務所です。創業11年目で、スタッフが28名、社労士の有資格者は10名という形でやらせていただいております。私はそこで研修講師や労務相談の対応、給与計算の実務担当を行っています。
10月からの社会保険の適用拡大について
10月1日から社会保険の適用範囲がどのように変わるのか
まず社会保険の適用拡大というのは、今まで社会保険の対象となっていなかったパートやアルバイトの方に対して、一定の要件を満たす場合に社会保険の被保険者になるように、社会保険の適用が拡大されることを言います。
今までの社会保険の加入要件というのが、「1日または1週の所定労働時間」及び「1ヶ月の所定労働日数」が通常の労働者の所定労働時間および所定労働日数のおおむね4分の3以上であること、これが要件になっています。
簡単に言うと、正社員の労働時間の4分の3以上働くパート、アルバイトは加入になるというイメージで大丈夫です。
一般的な会社だと正社員の週の所定労働時間が、8時間×5日の40時間というケースが多いと思うのですが、その場合4分の3である30時間以上の方が社会保険の加入となります。
対象者だけでなく、業種も拡大
ちなみに社会保険の適用拡大によって今回10月から対象者が増えるのですが、それ以外にも、業種の拡大も同時に行われます。
業種の拡大というのは、今までは個人事業主で従業員数が常時5人以上の会社であっても、非適用業種と言われる、個人事業だと適用にならないという業種がありました。
その中になぜか士業が入っており、社会保険労務士事務所なのに、小さい事務所だから、社会保険に入っていないというケースが結構ありました。今回士業というのが適用業種に変わったので、常時5人以上の士業の事務所は強制適用事業所になります。
なので、業種の拡大と対象者の拡大という二重の拡大が行われた感じになっています。
適用拡大の開始時期
適用拡大の開始の時期について、今年の10月から適用拡大というイメージが強いかと思いますが、実は最初に始まったのは平成28年の10月からです。この時には500人以上の企業で、一定の要件を満たす短時間労働者に適用拡大されました。この一定の要件というのは以下の通りです。
・常時500人を超える被保険者を使用する企業(特定適用事業)に勤めていること
・1週の所定労働時間が20時間以上であること
・雇用期間が継続して1年以上見込まれること
・月額賃金が8.8万円以上であること
・学生でないこと
これらの要件を全て満たした場合に、社会保険が適用されるようになりました。その翌年の4月には500人以下の企業であっても、労使協定を結んで特定事業者になりたいという届け出をすればできるようになりました。ここに関しては、大企業の方以外はあまり対象にならないので話題に上りにくかったかと思います。
しかし今回なぜこんなに皆さんが慌てているかというと、令和4年の10月から100人超の企業で、月収8.8万円以上等の要件を満たす短時間労働者に適用が拡大されることになったからです。
この改正に基づいて、新たに被保険者となる方は、全国で45万人増えると言われています。なので、全然対象じゃない方でも、もしかしたら私もそうかもという風にすごく気にされています。
なぜ対象になる人が増えるかというと、100人超なので101人以上の企業が対象になるということが一つと、あともう一つ、短時間労働者の要件が1個変わるということも影響しています。今までは、雇用期間が継続して1年以上見込まれる人が対象になっていたのが、この10月からは2ヶ月超に変わるのです。期間がかなり短くなったのでそこも影響していると思います。
さらに2年後になると、今は101人以上の企業が対象だったのが51人以上の企業が対象になるということで、段階的にも対象となる企業、この特定適用事業所というのが増えていくことになります。令和6年の10月の段階で、さらに新たに被保険者となる方は65万人増えるので、かなりの人が社会保険の適用を受けるようになります。
101人以上の企業というのは?
また、101人のカウント方法について、今年の10月から101人以上の企業で対象になるのですが、この101人というのは全従業員数ではなく、企業に雇用されているパートアルバイトを含む従業員のうち、通常の社会保険の被保険者要件を満たす人の数が101人以上である企業が対象です。なので、正社員の方と、パートアルバイトであってもその4分の3の基準を満たす人の数を足して、101人以上であれば適応非適用業種と言われる適用拡大の対象事業所ということになります。単に従業員数が101人以上だから対象というわけではないのでご注意ください。
ではどういう人が実際に対象者になるのかということですが、以下の四つの要件を満たしている場合に加入対象となります。
・週の所定労働時間が20時間以上であること
・雇用期間が2ヶ月超見込まれること
・賃金月額が8.8万円以上であること
・学生でないこと
8.8万円の対象になる賃金とは?
ただ、この8.8万円というのもなかなか基準が難しいなと思っております。パートアルバイトだと時給で計算するケースがほとんどだと思うので、毎月支払われる賃金ってバラバラですよね。何を基準にもって8.8万円以上とするのかというところなのですが、あくまでも月額賃金が8.8万円以上であるかないかに基づいてだけで判定するということを一つ覚えていただきたいと思います。
世の中では年間106万円以上だったら加入という風に、106万円という数字が1人歩きしているのですが、これはあくまでも参考値であって、実際の判断基準は月額が8.8万円以上であるかどうかになります。
この8.8万円の対象となる賃金は、基本給と諸手当で判断します。
諸手当の中には対象にならない手当や金額があり、下記は含まれません。
・結婚手当や出産お祝い金など、臨時に支払われる賃金
・賞与など1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金
・時間外労働、休日労働、深夜労働に対して払われる賃金(割増賃金)
・皆勤手当、家族手当、通勤手当等の最低賃金において算定しない手当
大体受給者は基本時給と手当が二つ三つあるくらいだと思うのですが、皆勤手当と家族手当と通勤手当が含まれないので、それを週の所定労働時間とかをかけたときに月額の賃金が8.8万円以上になるかで判断する形になります。なので、意外と計算はしやすいのではないかなと思います。割増賃金が対象にならないということで本当に基本給および諸手当ということです。
経営者からいただいた質問
従業員が社会保険の加入を拒否していますが、この場合はどうしたらいいでしょうか?
基本的には特定適用事業所になった時点で、先ほど説明させていただいた加入対象となる四要件を満たした場合は、本人の意思に関わらず強制的に加入となります。
ただ、おそらく皆さん社会保険料を取られるのが嫌だという気持ちがあるから拒否していると思うのですが、その場合は厚生年金や健康保険等の加入のメリットを伝えていただくのがいいと思います。
社会保険に加入することによって、将来の年金額が増加するといったことです。例えば右の表(動画内11:38参照)は、国民年金と厚生年金に38年間加入した場合の比較表なのですが、国民年金だけだと38年間も加入したにも関わらず、月額でもらえる年金額は6.2万円ぐらいしかないのです。6.2万円だと家賃を払って終わりぐらいの金額なので、それだともう生活できないですよね。
ではプラスアルファでどのぐらい費用が必要かというとよく2000万円問題と言われると思うのですけれども、それを貯めるためにはやはり厚生年金がすごく優秀です。なので、厚生年金で年金の積み立てをするということを考えていただくのが一ついいかなと思います。
あとは日本の社会保障制度はものすごく手厚いのだということも伝えていただきたいです。
最近多いのがやはりコロナに感染したというケースなのですが、社会保険に入っている方であれば、傷病4日目から傷病手当金というのが貰えます。大体給料の3分の2でるのでかなりの保障になるのですが、社会保険に入ってないと、全部欠勤控除になってしまいます。こういった保障を受けられるというだけで安心感が違うと思うので、ぜひ社会保障のいいところもご検討いただくのがいいかなと思います。
あとは、今回社会保険加入の対象になってしまった方は、もう扶養の130万円の制限を気にすることなく働けるので、働き方の見直しに繋がるというのもいいところかなと思います。
年末になると、130万円を超えそうになって繁忙期にも関わらずほとんど出勤しない人が出ると思うのですが、そういったことを気にしなくてよくなるのもメリットの一つだと思っております。
社会保険の加入が適応拡大することで、企業の負担はどのくらい増えるのでしょうか?
経営者にとってここが一番に気になるところかなと思いますが、会社の負担額も合わせて大体1人当たり年間29.8万円の負担増になります。
月額8万8000円のパートさんで、愛知県の社会保険料をもとに計算した形になるのですが、基本的にはこの29.8万円は会社と折半で負担するので、会社が本当に負担する額というのはこの半分になります。
例えば従業員が100人の場合、年間で2900万円、会社負担としては、約1500万円かかってくるということです。
2022年10月には101人以上、さらに2024年10月には51人以上の企業へ対象が拡大されますが、企業として準備しておくべきことは何でしょうか?
加入対象者の把握、社内への周知、従業員とのコミュニケーション、届出、の4つのステップの順に行っていただくといいと思います。
加入対象者の把握
まず、加入対象者を把握しましょう。在籍している従業員の中で、加入要件に該当する従業員を確認してみてください。被保険者の加入要件に該当する従業員を、賃金台帳など見ながらピックアップしていただくのがいいかなと思います。
ピックアップの仕方は8.8万円の基準で抜いてくると大変なので、まず週の労働時間が20時間を超えている人を洗い出してもらって、その中から8.8万円超えそうな人を見ていくのがいいと思います。
実態として被保険者の加入要件に該当する人というのも見てほしいです。ピックアップしたときには、8.8万円にならないと思っていた人が、意外とシフトに多く入っていて基本給だけでも8.8万円超えているケースもあるかと思います。そういう場合は、対象者にプラスアルファして考えていただくのがいいかと思います。 加入対象者の把握をする段階で、どうやってオペレーションをしていくかというのも検討してください。例えば、説明方法ですね。あとは、対象になると思われる方に、どういうふうな働き方にするのかを聴取する方法とか、あとは説明資料等を準備するのがいいと思います。
意向確認をいつ頃までに行うのかも、10月1日から加入になってしまうので、9月の段階で決まっていないとちょっとまずいのですけれども、今から説明資料を用意しようとしても大変なので、ぜひまだ用意していない方は、厚生労働省の適用拡大の特設サイトにある資料をダウンロードしていただくのがいいかと思います。
社内への周知
それが済んだら、社内への周知です。
加入対象者へ周知するのは鉄則ですが、今回の2022年10月の適用の対象外の企業の方であっても、従業員に是非説明をしてください。
というのも、今回改定の対象とならない企業の従業員であったとしても、知り合いから社会保険に加入しなきゃいけないといった話を聞いているケースがすごく多いです。
なので、自社が特定適用事業所ではないということは、社内で周知した方がいいです。そうしないと、うちの会社は何も教えてくれないといった不信感に繋がりかねないので、そうならないようにしていただくのがいいかなと思います。
従業員とのコミュニケーション
その後、実際に対象となり得る方とコミュニケーションをとっていただくことになるのですが、説明会や個人面談を実施することを検討していただくのがいいかと思います。人数が多い場合は個人面談だと大変だと思うので、説明会方式で行うのがいいかと思うのですけれども、人数がそんなに多くない場合は、個人面談を実施するのがいいかなと思います。そのときに制度の説明をするとか、働き方をどうするのっていうのを検討いただくのがいいかと思います。
もし副業兼業を行う方がいる場合は、二以上事業所勤務届という届出があるのですが、この対象となるケースがあります。
例えば、今までは自社が副業先で、他の主たる事業所で働いていて、そっちで社会保険加入しているからうちでは入っていないという風だったのですけど、今回この適応拡大を受けて、自社でも社会保険加入基準を満たした場合は、2ヶ所の給料を合算して保険料を計算するための届け出を出さなきゃいけないのです。それが二以上事業所勤務届なのですが、こういう方が出てくる可能性があるので、副業兼業している人がいる場合は要注意です。
あとは対象となる方は、扶養で働いていたり、家族と相談しないと決められなかったりする方も多いと思います。確認にもある程度時間がかかるかもしれないので、制度の説明をした後に、必ずこの日までに意向確認をお願いしますというのを言っていただくといいと思います。
届出
対象になった場合は届け出をしなければいけません。
既に101人以上の企業に該当することが明らかな事業所には、「特定適用事業所該当通知書」というのが届いています。なので、これが届いている事業所は10月一日になったら、被保険者資格取得届を出してもらって、それで手続き自体は終わります。可能性がある事業所に対しては、「特定適用事業所に該当する可能性がある旨のお知らせ」という通知が届いています。この通知が届いている事業所は9月の段階で、直近1年間の間に6ヶ月以上社会保険の加入基準を満たす従業員数が101人以上になっているという場合は特定適用事業所になりますので、特定適用事業所該当届と被保険者資格取得届を出すようにしてください。
先ほどから特定適用事業所というふうにお話していますが、こちらは今回の適用拡大によって、短時間労働者の社会保険加入が必要となった事業所のことを言っています。
まとめ
それでは、社会保険の適用拡大についてまとめさせていただきます。
おそらくですが、最終的には週20時間以上働く従業員が全員社会保険に入るという時代がやってきます。
なので、そのときに構えて私の働き方どうしようとか、もういっそ長く働くのか、それとももっと働ける仕事にするのかとかですね、質を高めてもらうということを考えてもらわなければいけない時代が来るのではないかなと思います。
あと、扶養の範囲内で働いている人を雇うとコストが安く済むと思っている方もいると思いますが、この感覚を捨てなければいけない時代がやってきたと思っています。同一労働同一賃金や最低賃金のアップなど、全て逆風が起きているような状態になりますので、できる人には長く働いてもらった方が会社としても売り上げも業績も上がりますので、まずは社会保険の加入ありきで考えるのがいいかなと思います。
今回の社会保険の適用拡大に伴って、従業員への説明がかなり不足しているケースがありますので、しっかり説明するということを心がけてください。
日本の社会保険制度は本当に手厚いですけど、従業員の中には社会保険料がいくら引かれているかなど把握してなかったり、給与明細を見ていなかったりというのが結構あります。なので、社会保険とはどういうものなのかとか、会社が2分の1負担しているということを、きちんと説明してあげた方がいいと思います。
最後に、コストシミュレーションは絶対にした方がいいです。年間のコストというのは加入者が1人増えれば絶対増えるので、今の利益を保つためにどのくらい他の部分でコスト削減しなければいけないのか考えるし、生産性を上げる方法についても真剣に考えないといけなくなります。
また、人を雇うぐらいだったら、もうここは機械化しようという動きも一つイノベーションになるかなと思っています。特に単純作業などは、RPAを入れてしまって全部機械にやらせるということも考えていくのがいいかなと思います。
なので、一概にこの社会保険の適用拡大が悪という考えではなく、これをきっかけに会社をどう成長させていくのかとか、事業計画を立てていただくのがいいのではないかなと思います。