【インタビュアー】株式会社 船井総合研究所 WEBマーケティングユニット
シニアプロフェッショナル 宮井 亜紗子(以下:宮井)
【インタビュイー】杜若経営法律事務所 パートナー弁護士 向井 蘭氏(以下:向井)
宮井:船井総合研究所の宮井です。
弁護士の向井蘭先生にご登場いただき、裁判まで発展しがちな労働問題ベスト3についてご紹介いただきます。
向井先生は日本では少ない、経営者側にたつ労働法務専門の弁護士です。
お父様がみなさんと同様に、中小企業の経営をされていたという環境で育った背景から労務問題から中小企業を救う事を志されています。
早速第三位からお願いできればと思います。
第3位:正社員の解雇
向井:第三位は正社員の解雇全般です。
非正規雇用の方の雇い止めは除きまして、正社員の解雇全般は非常に揉めやすいです。
昔はよくある誤解として、「1ヶ月分のお金さえ払えばいい、解雇できますよね」といった質問をよく受けましたが、正確には間違いです。
1ヶ月分のお金は必要ですが、それだけではダメで社会通念上相当な理由が必要だと、条文に書かれるようになりました。
この理由が非常に厳しく、日本では正社員の解雇はほとんどの場合できません。
この知識が社会全体に浸透し始め、解雇をして何も起きずに済むという事例は相当減りました。
弁護士さんに依頼する場合もあればユニオンに加入する場合もあり、何らかの紛争になります。
その中の一定割合が裁判になります。
宮井:問題社員さんを辞めさせたいと思われている社長さんたちが結構いると思いますが、その辺はどうしたらいいでしょうか。
向井:簡単に結論を言うと、問題社員の人は楽をしたがる方が多いです。
仕事の結果は出していない割に楽をしたがる方が多くて、嫌だったらやめればいいのに辞めない人です。
会社の文句、社長の文句を言いながら辞めない人は辞めさせようとしても辞めません。
正社員の解雇問題に対する対策法
向井:どうしたらいいかと言うと、簡単な仕事をしていただきます。
宮井:逆にですね。
向井:イジメとかではなく、他の社員と同じレベルの仕事をさせて、日報を問題社員の人に毎日細かく書いてもらい、ここを直してください、ここがちょっとおかしいです、などと細かく指導していくと、一か月以内に半分ぐらい辞めるのではないかと思います。
別に嫌がらせとかではなく、普通の仕事で問題を起こしているので、お客さんに関れない仕事に変わったりもしますが、仕事をきちんと見える形で記録を残して指導すると辞める確率は非常に高いです。
宮井:問題社員さんというのは放っておかれがちだったりします。
向井:そうです、おっしゃる通りです。
やはりややこしい、うるさい、逆ギレされたり、パワハラ受けたとキレられるというように、怖がって、社長さんもその問題社員の人を遠ざけるようになってしまいます。
そうするとなおさら楽になってしまい、仕事しないで給料をもらえる状態が続いて周りの社員も馬鹿らしくなってしまいます。
そこを我慢して気合いを入れて日報を書いてもらって仕事をさせると、辞めます。
人によって幅はありますが、一ヶ月、二ヶ月でかなり効果はでます。
宮井:逆の発想でした。
向井:揉めないんです。
なぜかと言うと、日報に記録が残っているので嫌がらせやパワハラとは言えないわけです。
仕事をしていないので本当に同僚と比べると日報を書いてもらうと全然違うと思います。
倍ぐらい違う人が多い。
もっと多いかもしれません。
まずこれぐらいやってください、と言っても「もうしんどい、できません」と言う人は多くて辞めます。
自ら辞めます。
お金もほとんどかかりません。
これは早く手をつけたほうが楽です。
この人ちょっと危ないなと思ったらやってもいいと思います。
宮井:心当たりがある方は、早速試してみてもらえるといいですね。
それでは第二位にいきたいと思います。
第2位:古参幹部社員の残業代請求
向井:第二位は、古参幹部社員(管理職)もしくは、大企業からの中途入社者が揉めて退職した後の残業代請求です。
これは裁判になる定番です。
残業代という名目で、実際は慰謝料、退職金になります。
要は
・これだけ会社に尽くしたのに(本当に尽くしたかは置いておいて)
・長い期間働いて尽くしたのに
・大企業を辞めたのに
・前のキャリアを捨てたのに
など、結局中小企業とは相性もありますので合わないで辞めていく人は結構います。
大企業からの転職組の方で、残業代を請求することが結構多いです。
管理職というだけで、お金を払ってない場合が多いので、残業代請求は何件もしました。
交渉で解決しようと思いますが、こじれて訴訟になってしまいます。
向こうも折れないですし会社もできれば折れたくない、払いたくないと思いますので裁判まで突入するケースが多いです。
宮井:これはどうしたらいいんでしょうか。
古参幹部社員の残業代請求問題に対する解決法
向井:社長さんが
「こんなの払っていたら示しがつかない、真似する人が出てくる」
とよく言われますが、日本では真似する人はほとんどいません。
慰謝料のような感じなので、同じような事が起きないと起きません。
次の管理職も辞めて請求してくるような確率は低いです。
だから、慰謝料代わりだと思ってお金を払って解決するのも一つの方法です。
後は一応裁判だけして、半年から一年ほど時間はかかりますが、交渉をして払って終わりにすることもできます。
他の社員も裁判までやりたい人はほとんどいませんので歯止めにはなります。
在職期間が長いほど解決が難しい
男女関係と似ていて、離婚問題も色々ありますが、夫婦関係というのは長ければ長いほどドロドロになります。
成田離婚という昔の言葉があります。
新婚旅行に行って成田空港で喧嘩をして別れるみたいなことです。
ああいうことは軽い例になります。
裁判になんてとてもなりません。
話し合いで終わりで、慰謝料も無しで解決します。
ところが、夫婦関係が長いと、積もり積もったものがあるので、そうはいきません。
要するに男女関係と同じで、最後は何で解決するかというと、気持ちで解決するというわけにはいかず、お金ということになります。
お金を払って感謝の言葉を言えれば終わりますが、なかなかお互いにそれが言えません。
その結果、ここまで行ってしまうということです。
こういう事例は結構あります。
宮井:古参の方ほど想いが強かったりしますよね。
向井:そうです。
すごく考えさせられますね。
宮井:これは誰にでもすごく起こり得ますよね。
向井:起こり得ます。
宮井:右腕の方などがそうですよね。
向井:後は、お父さんの代の役員の人やベテランで仕事を教えてくれた先輩社員などです。
同族企業だといずれ社長になって立場が逆転しますから、人間関係が変わってうまくいかなくなったりします。
大企業から来た方も、期待されて給料も高いですから、働いてもらったものの全然合わないということで、書類作成は出来るけれど営業で結果が出ないなど、よくあることです。
宮井:そうですね。
その場合も経営者の方の期待値が高すぎてしまいますよね。
向井:そうですね。
本当は、「悪かったな」と言って頭を下げていくばくかのお金を払えば終わることですが、それが人間はできないわけです。
宮井:そうですよね。
なるほど、なかなか重たい二位でした。
向井:重たい二位ですが、これは裁判になりやすいです。
第1位:扶養家族のいる賃金高めの従業員の解雇雇い止め問題
向井:第一位は 生活が苦しく扶養家族を抱えている賃金高めの従業員の解雇雇い止め問題です。
昔からあります。
典型例はシングルマザーの方で、ファーザーの方です。
そして、給料が高い方です。
最低賃金の人は揉めません。
世の中のイメージと違って、最低賃金の人を引き留めるのは難しいですけれども、揉めないです。
やはり最低賃金の仕事はたくさんあるからです。
宮井:給料が高いほうが固執しやすいということでしょうか。
向井:そうです。
要するに、辞めてしまうと給料が下がってしまうということです。
高い給料のある仕事を探せば良いではないかと思いますが、探せないという事があります。
今は転職活動を少しでもしたり、ネットで求人登録すれば、全然自分にスカウトメールがこないことや、ハローワークに通っても全然見つからないということがすぐにわかります。
賃金がその人の市場価格、転職価格よりも高めの人、一人親や、病気の両親がいて一人で事実上養っている、そういう方は大変だと思います。
宮井:そうですね。
生活がかかっていますね。
向井:こういった方々がもちろん、悪いという事ではありません。
一生懸命働く人も多いです。
社長さんは、良かれと思ってお金を払います。
ご本人はそう思ってないと思いますが、やはり給料を高めに払うと依存関係になってしまいます。
社長さんからしたら、これだけ払っているのに感謝されてしかるべきと思っていますが、依存されると憎しみに変化してしまいます。
離婚問題も同じです。
揉めるのはお金持ちです。
圧倒的に何年もやるような案件はある程度資産がある人です。
今までの生活費を高くもらっていて、その方自身も今お仕事をできる状態ではないということだと揉めます。
10年かかったり、お子さんが小さいとどんなに家庭が破綻しているような状態でもなかなか難しいです。
労働問題も同じです。
市場価格よりも高い給料を頂いていて生活が苦しい、この二つが嚙み合うと裁判も上等ということで、絶対にやめませんという姿勢ができます。
人間は自分のために戦うより、子供とか自分の身内のために戦うほうが力が出るものです。
シングルマザーのお母さんで、思い出深い人が何人か頭に上りますが、威力が凄まじかったです。
宮井:経営者として、そこまでには及ばないほうがいいですね。
向井:そうですね。
経営者の人は優しい人が多いです。
本当にそれでご本人のためになりますか
実力以上の給料を払って本当に大丈夫ですか
と問いたいです。
宮井:これから雇う人に対しては気をつけられると思いますが、既に心当たりがある場合には、どうすればよろしいでしょうか。
扶養家族のいる賃金高めの従業員の解雇雇い止め問題の解決方法
向井:一方では、こういった方は追い込まれているので、仕事に対する熱意はあります。
仕事ができるかどうかは置いておいて、熱意はあるので、合う職場に上手く配置転換をして頂いて、そのエネルギーを使ってもらうしかないと思います。
宮井:経営者の方のマネージメントの手腕が試されることになりますね。
向井:後は賃金面が大事になります。
お勧めしたいのは、賃金を決める時、日本の場合長く勤めていると賃金は上がります。
Indeedやリクナビを検索していただくと大体の相場は、明確にわかります。
相場を超えて払うことはされないほうがいいと思います。
もちろん、仕事ができたらかまいません。
この人が転職したらとてもいただけないような、給料は払わないほうがいいです。
最後まで、定年まで責任を取らないといけないと思います。
その覚悟があるかだと思います。
宮井:途中で投げ出せないということになりますね。
向井:投げ出せないんですよ、そういうことなんです。
宮井:本当に隣り合わせだなという気がしてきます。
向井:よくあるパターンで、パワハラやセクハラもあるかと思いますが、意外と裁判にはならないです。
少し揉めますが、どこかで終わりがきますし、解決します。
宮井:どれも、感情が絡み合ってしまいますね。
向井:そうですね。
感情と生活、キャリアが絡み合うと少し厳しくなります。
宮井:こういう事を事前に予測したり、予防する事は、できますか。
向井:やはり、転職の値段が、この人が転職した時の給料と比べて、大幅に下がるのは一つのポイントです。
例えば人材紹介会社に問い合わせをして
「こういう方を求めてますけどこれぐらいの給料払い過ぎですか」とお尋ねして
「そこまで払わなくても」とは言ってくれると思います。
「相場はこの程度ですよ」と教えて頂くことが出来ると思います。
後は家族環境です。
扶養家族が何人いるか、何人で支えているかということはものすごく関係します。
扶養控除の枠内で働く方がいますが、そのカテゴリーで働く多くは女性ですけど、本当に揉めないです。
例えば、そういった方が場合によってはセクハラやパワハラを受ける可能性はあります。
実際にそういう相談を受けます。
会社と上司に落ち度がある、これはまずいと思う事例もたくさんありましたが、18年弁護士していますが未だに一回も訴訟になった事はありません。
不思議です。
ここまでのセクハラされたら怒るなとか、ここまでのパワハラを受けたら旦那さんも怒るなと思う事案でも法的紛争にはなりません。
そこまで関わるのがバカらしいから、生活に影響もないから縁さえ切れてしまえば解決してしまいます。
旦那さんも話しているとは思いますが、私の想像ですが
「お前やめとけ、こんなレベルの低い会社に関わるだけ時間の無駄だ」
ということでこれで解決します。
そういう人は黙って去っていくだけです。
逆に「いくらでもシフト入れてください、いつでも働きます」という方は少し怖いです。
それだけ必要に迫られているからです。
後は、借金が揉めやすいです。
高めの住宅ローンを抱えているとか、親戚の借金の保証人になったり、お金に切羽詰まってますから揉める可能性が高いです。
後は、病気です。
高血圧と糖尿病の人はすごく揉めます。
なぜかと言うと転職できないからです。
転職できることはありますが、転職先を見つけづらいです。
宮井:開示しないといけなかったでしょうか。
向井:そうなんです。
実は、厚生労働省もはっきり言わないのですが、裁判例では雇う側において健康診断していいという判例も出ています。
実際しています。
中高年の人が体を使う仕事ですと仕事範囲は相当狭まりますから、体が悪い人も揉めます。
後は年齢もあります。
コロナで増えたのは60歳以上の人が揉めるケースです。
年金がないわけです。
65歳を超えていない人が多いので、そういう人はずっと働いていないといけません。
雇っている方は軽く雇い止めをしますが、猛然と抗議してユニオンに駆け込む方がすごく増えました。
これはリーマンショックの時はありませんでした。
宮井:コロナの方が増えましたか。
向井:もう全然違います。
無年金者、定年金者など、これから高齢者の労働問題は増えると思います。
雇用してるほうも高齢者の人だから、65歳だからいいだろうみたいになりますが、必ずしもそうではありません。
宮井:こういうお話は就業規則を整えても防ぐことは出来ませんか。
向井:防ぐ事が出来ません。
人手不足が蔓延していますので、働いて頂く年齢範囲が高年齢者とか、履歴書からすると少しややこしい方ですとか、そういう方を雇わざるをえなくなります。
就業規則では少し防ぐことは難しいです。
宮井:全体の話を通じてどうしたらいいんでしょうか。
裁判に発展しがちな労務問題をどう解決するか
向井:どうしたらよいかは簡単です。
人が集まる職場にすれば簡単です。
この会社に入社したいという方を人選する事ができます。
船井総合研究所の企画、グレートカンパニーは素晴らしいと思います。
若くて優秀な人材がたくさん入社されますね。
揉めようがありません。
中高年の人に働いて頂くにしてもやはり人選ができますから、少しおかしな方とか、履歴書を見るとわかります。
酷い労働問題も少なくなってきます。
後は、やはり給料水準になります。
低くてもダメですし、払い過ぎても駄目という難しいところです。
小さい会社でもよくあります。
従業員10人でも起きるような問題です。
仕事をしないのになぜか給料が高い社員の方とかいますよね。
宮井:わかります。
中小企業の経営者さんの気質を見ていると、そのようにされる方が多いです。
向井:多いです。
特に長い期間働いている方は徐々に高くなりがちですが、いつの間にか何か会社に不満を持って社長の悪口を言われていると聞いて悲しくなる社長さんが多いようです。
やはり払いすぎると恨まれます。
この話は経営者によくある話で、わかっている社長はわかっています。
これを知っておくだけで、二代目、三代目の社長さんはかなりトラブルを少なくすることができますので、ぜひアピールしたいです。
宮井:向井先生、今日はありがとうございました。
向井:ありがとうございました。
宮井:裁判に発展しがちな労務問題ベスト3はいかがでしたか。
どれも明日にでも起こりそうな問題でしたね。
明日からでもすぐに賃金や社員のみなさんとの関わり方の見直し、また、問題に発展している企業の方は再度対応方法を検討して頂ければと思います。