◆ 黒川智玄をより深く知っていただくために ◆
皆さんには信じられないかもしれませんが、私は幼稚園時代、非常に口数が少なく、友達もほとんどいない人見知りの男の子でした。その頃から、父親っ子でしたが、当時の父親は、年間半分以上を海外出張で家を留守にしていました。父親がいない時の私は情緒不安定で1日中泣いていました。登園拒否もしていたため、母親はたいそう心配したそうです。
父親は、石油会社でサラリーマンをしていました。いわゆる企業戦士の典型みたいな人で、土日も常に仕事をしていました。
小学生になった頃、父親はシンクタンクに転職しましたが、仕事のスタイルは以前と変わりませんでした。そのため、いつしか私の頭の中には、ある方程式が刷り込まれていました。
「サラリーマン=休みなしで働く人」
もちろん当時の私は父親がどんな仕事をしているか理解していません。しかし、これだけははっきりと覚えています。
「俺はこういう父親にはなりたくない」「サラリーマンには絶対にならない」と思っていたことを。
それは父親のことが嫌いだったということではありません。寂しかったのだと思います。もっと父親と遊びたかったのだと思います。もっと私に興味を持ってほしかったのだと思います。
その後、私の高校時代、父親が勤めるシンクタンクは、親会社である銀行が破綻したため、いわゆるMBO(MANEGEMENT BY OUT)で独立しました。その時の社長に就任したのが父親でした。
「親父ってすごいんだ!!」と初めて思いました。
しかし、「サラリーマンには絶対にならない」という思いは大学時代も変わりませんでした。小学生から習っていたピアノの影響なのか音楽を聴くのが大好きで、ジャズバーでのアルバイトに熱中していました。「時給をもらい、うまい酒も飲めて、生ライブも聴ける」という一石三鳥の環境は、店で寝泊りをしてしまうほど居心地が良く、そのまま働き続けようとも思っていました。しかし、そこには私の人生に大きなインパクトを与える貴重な体験があったのです。
「中小企業の社長や世代の異なる様々な人が常連のお客様として来ていた」ということです。「社長って面白い人が多いな」「サラリーマンにも色んな仕事があるんだな」と感じ、私のサラリーマン像は日に日に崩れていきました。
その頃から、「自ら起業して社長になる」か「社長と直接付き合える仕事」ならやりがいを持って働けると思い始めました。「起業して社長になること」は、自分の身の丈には合わないと思い、「社長と直接付き合える仕事」を探して、就職活動を始めました。
そこで出会ったのが船井総研でした。そして、入社2年目の時に環境ビジネスに取り組むチームに配属されました。
世の中にある業種のほぼすべてをコンサルティングしている船井総研で、
「何で、環境ビジネスなの?」という質問をよくいただきます。
答えは「たまたま」です。正直言って、「環境」にはまったく興味がありませんでした。でもこれからは絶対に「環境ビジネス」の時代が来ると感じたのです。
「スローライフ」「ISO」「もったいない」「LOHAS」「エコ」「太陽光発電」等、ここ最近よく耳にする環境に関わるキーワード。とってもクリーンなイメージです。しかし、環境ビジネスにとって、5K(きつい・きたない・くさい・きけん・くるしい)現場や廃棄物処理現場は絶対に避けて通れません。
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毎日体から排出しているもの
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捨てた紙
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リフォームで廃棄物となった建材
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洗濯機やお風呂で使用した水
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飲んだ後のペットボトル
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居酒屋で残した食べ物や飲み物
廃棄物について真剣に考えると、色々なものが見えてきます。知らないほうがいいこともあります。でも、実は私たちの身近で起こっていることばかりです。
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おいしいと思って食べている刺身
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住み心地が良いと思っているマンション
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おいしいはずの山の空気
本当にそうですか? 廃棄物処理企業とお付き合いをするようになって、改めて「なんて世の中はきたないんだ」「世の中は陰謀によって仕組まれているんだ」と感じる機会が多くなりました。 はじめて廃棄物処理の現場を見たときは、ハンマーで後頭部を殴られたような衝撃を受けました。ベルトコンベアの上をゴミが流れていたり、ゴミが粉々に砕かれてたりするのですから。
まったくの素人から見れば、「廃棄物処理」と「環境」は反意語のように聞こえます。しかし、それは誤解を恐れずに言えば、「いかにマスコミの手のひらの上で転がされている人間が多いのか」ということと同義のことなのです。さびしいです。残念です。
でも、「本質を知ること」は経営コンサルタントとしてとても大切なこと。
経営コンサルタントという仕事は社長が相手の商売です。1つ1つの決断がその会社の方向性を決め、業績にも反映します。
最近は、「仕事とはいえ、親身になってうちの会社の事を考えてくれてほんとに助かります」「黒川さんがいないと困るんですよ」という言葉を父親と同年代の社長からも言われるようになりました。
「この仕事をやっていてよかった」と思った瞬間でした。
「もっと頑張って多くの経営者から感謝の言葉をもらいたい」という思いで、父親のように休みなしのサラリーマン生活を送っています。 |